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画像出典:Wikipedia

女城主の城として有名な石垣の山城

岩村城は別名を霧ヶ城といい、天然の峻険な地形を活用した要害堅固な山城で、海抜七一七メートルに位置し、全国の山城の中で最も高知にあり、日本三大山城の一つである。

岩村城の創築は鎌倉幕府初代将軍、源頼朝の重臣加藤景廉が、文治元年(一一八五年)に遠山荘地頭に補せられたのに始まる。景廉の長男景朝が岩村に移り、加藤の性を地名の遠山に改め、以後遠山氏が代々居城した。

戦国動乱の時代に入り、武田信玄の臣 秋山信友が天正元年(一五七三年)に岩村城を奪取して入場したが、同三年に織田軍に敗れ、以後城主は川尻鎮吉と森蘭丸、森長一、森忠政の森三代、田丸具忠と二八年間に目まぐるしく交代した。

慶長五年(一六〇〇年)関ヶ原合戦後、西軍に属した田丸氏に変わって松平家乗(大給松平家)が城主となった。

江戸時代の城主は松平二代、丹羽氏五代のあと、大給松平分家の松平氏七代を経て明治維新を迎えた。

城郭は近世城郭へと修築し、本丸、二の丸、出丸、帯曲輪、東曲輪、八幡曲輪等々が設けられ、丸と曲輪は石塁や自然の断崖をもって区画され、要所に櫓、塀、城門が構えられた。

建物は明治維新により廃城され、後期明治六年(1873年)に取り壊された。

岩村城の地図

登城ガイド

岩村城跡は駐車場が二箇所あるので注意が必要

駐車場は岩村町歴史資料館の所と本丸のすぐ南西にある出丸との二箇所がある。 どちらの駐車場にとめるか、自分の予定にあわせて予め決定・位置の確認をしておかないと、道に出ている案内になんとなく従って行くと出丸の方に誘導されてしまうので注意が必要。

【1】岩村町歴史資料館駐車場

お城の麓から順番に上がっていく事になる。時間に余裕があり、ひと通り見学する前提ならば、こちらから登る事をお勧めする。

【2】岩村城出丸駐車場

本丸のすぐ近くにあるために、車を止めてすぐに見どころの石垣群が見られる。 但し・・・山の上から順に下る事になるので、ひと通り見学した後に、再び山を登る事になるので帰りはかなり過酷な道のりとなる。 実際には麓から中腹までは比較的見どころも少なく直線が続くので、体力に自身がなかったり、拙者のように軟弱な方は、まずは麓の岩村町資料館、太鼓櫓などを見学した後に、車で出丸駐車場まで移動し、本丸から初門付近まで下るのがお勧めである。

登城の際は飲み物を持参する

城跡には自販機はありません。山城の見学なのでそれなりに疲れるわりには飲み物を買う場所が無いので、水筒を持っていくか、コンビニなどであらかじめ飲み物を確保した上で登城する事をお勧めする。

歩きやすい靴で。虫よけや長袖なども有効。

山を結構歩くので、歩きやすい運動靴などがお勧めです。蚊など虫も多いので、虫よけなどを持参するか、長袖・長ズボンで挑んだ方が良い。

見どころ情報/歴史

太鼓櫓

慶長六年(一六〇一年)城主「松平和泉守家乗」は、城の山麓に藩主邸を造営した。以後ここは政治の中心としての機能を果たす一報、『太鼓櫓』を設け浄化に時をしらせ続けたものである。 「時」を知らせるための『櫓』は、庶民と殿様との不快絆を象徴する建物である。

木造復元された太鼓櫓
名称 岩村城
別名: 霧ヶ城
岩村城の所在地 岐阜県恵那市岩村町字城山
岩村城までの交通アクセス
自動車
中央自動車道「恵那IC」から車で25分
本丸までは、国道257号線より本丸そばの出丸まで行くことができる。
公共交通機関
明知鉄道「岩村」駅下車、岩村歴史資料館まで徒歩約20分(本丸まではさらに約20分)
料金 無料