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東海・北陸

伊木山城

織田信長の美濃攻めに従軍して伊木山に籠もった斎藤軍と戦ったときに軍功があり、信長より伊木山に築城を許された香川清兵衛が伊木山城を築き、以降伊木氏を称したとの伝承がある。伊木山城は木曽川北岸に聳える標高173mの伊木山山頂 …

鵜沼城

築城年代は定かではないが永享年間(1429年~1441年)頃に大沢治利によって築かれたと云われる。大沢治利が和泉国から美濃に移ってきて城を築いたという。別名:宇留摩城,志水山霧ヶ城

福地氏城

福地氏城は、天正年間に築城されたと考えられているが定かではない。現在は芭蕉公園として整備されている。

伊勢上野城

長野氏の養子となった織田信包の命で、長野氏一族の分部光嘉に築かせた城。

木ノ下城

木ノ下城は尾張国守護・斯波氏の家臣である織田広近が築いた城。その子孫であり、織田信長の叔父にあたる織田信康が犬山城を築いて居城を移したことにともない廃城となった。現在、城趾には愛宕神社があり、境内には金明水という古井戸が …

小口城

小口城は織田広近の居城として知られている。織田信長の尾張統一の際に攻め落とされ廃城となったが、「小牧・長久手の戦い」において、一時的に秀吉方の前線基地として再興された。別名:箭筈城。

那古野城

那古野城は今川義元の父である今川氏親によって、尾張進出の拠点として築いた城。その後、織田信長の父である信秀が今川氏から奪い取り、信長はこの城で生まれたといわれている(現在は勝幡城生誕説が有力)。信秀は那古野城を幼い信長に …

松ヶ島城

織田信長の侵攻に備えて北畠具教が築く。和睦後は具教の養子となった織田信雄が5層の天守を築く。

神戸城

神戸城(かんべじょう)は、三重県鈴鹿市神戸本多町にあった日本の城である。江戸時代には神戸藩の藩庁が置かれた。

茂福城

茂福城(もちぶくじょう)は、かつて伊勢国北勢地方の朝明郡に存在した日本の城。北勢四十八家の朝倉氏の居城。

浜田城

浜田城(はまだじょう)は、伊勢国三重郡(現三重県四日市市鵜の森一丁目)にあった日本の城(平城)。

田原城

文明12年(1480年)ころに戸田宗光(全久)によって築城。

田原城

亀山城

亀山城(かめやまじょう)は、伊勢国鈴鹿郡亀山(現在の三重県亀山市本丸町)にあった日本の城。別名を粉蝶城(こちょうじょう、ふんちょうじょう)という。文永2年(1265年)に関実忠によって若山(現在の三重県亀山市若山町)に築城され、その後現在の位置に移された。江戸時代は東海道の要衝としてたびたび城主が変わり、石川氏の時代に幕末を迎えた。

奥殿陣屋

書院、金鳳亭、蓬莱の庭、資料展示室、花火資料室、玄々斎宗室生誕碑、歴代藩主の廟所があります。

上野上村城(三河国)

徳川四天王 榊原康政生誕の地、だそうです。

小丸山城

前田利家が能登一国を与えられてから最初に築いた城です。現在は小丸山公園になっており城山は残っていますが目立った遺構はありませんでした。城山の頂上に利家とまつの銅像があります。

北ノ庄城

柴田勝家とお市の方の最後の地として有名な域です。現在は柴田神社・柴田公園になっているため遺構はほとんどありませんが、発掘調査で見つかった石垣と堀跡が展示されています。福井駅西口の近くにあります。

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