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兵庫県

岸砦

岸砦は伊丹城総構え北の砦。現在、猪名野神社。

加古川城

秀吉が毛利討伐の軍議を開き、三木城攻めの拠点とした城。12代糟屋武則は、秀吉子飼いの賤ヶ岳七本槍の一人。現在、城跡には糟屋氏の墓所・稱名寺がある。

枝吉城

枝吉城は黒田官兵衛の母である明石氏の出身地として知られている。三木街道が通る要衝の地にあることからたびたび合戦の舞台となっており、赤松晴政や三好長慶らの軍勢に攻められている。明石則実が城主のときに播磨へ侵攻してきた羽柴秀 …

船上城

別所吉親が林ノ城として築いたとの説もある。天正の国替えで高山右近の所領となり、城と城下町を築く。右近が切支丹令で追放されると、池田氏が入城。

摂津滝山城

滝山城(たきやまじょう)は、兵庫県神戸市中央区の城山にあった日本の城。山陽新幹線の新神戸駅の裏山、「布引の滝」の西に位置する。

三田城

三田城(さんだじょう)は兵庫県三田市屋敷町・天神の周辺にあった日本の城。築城に関しては車瀬城から三田城になり、三田陣屋となったと言われているが、詳細については不明な点も多い。

龍野城

龍野城(たつのじょう)は兵庫県たつの市龍野町にある日本の城跡。別名、霞城。

淡河城

“淡河城の築城年代は定かではないが、鎌倉時代に北条時盛が子の朝盛に淡河荘を与えて、以後朝盛の子孫が淡河氏を称した。  南北朝から室町時代にかけて、淡河氏は播磨守護赤松氏に属し、文明18年に東播磨8郡の守護代に …

花隈城

永禄10年、織田信長の命により摂津伊丹有岡城主荒木村重によって築かれた。 石山本願寺への西国からの援助を断つための要所として重要な城であった。天正8年、荒木村重が信長に背くと、花隈城は池田信輝らによって攻められ落城した。 …

兵庫城

天正6年に伊丹有岡城主荒木村重が織田信長に背き、織田の武将池田恒興が村重を攻めた。 村重滅亡後、天正8年に花隈城を攻略した功により信長から兵庫の地を与えられた池田恒興は、天正9年に花隈城の石材などを移し築城した

富松城

富松城(とまつじょう)は兵庫県尼崎市にあった日本の城。

瓦林城

瓦林城は、武庫川の西岸、阪急神戸線の線路沿いにある日野神社が城跡と云われている。 日野神社の参道に石碑が建てられてる。

越水城

別名:小清水城。瓦林政頼は細川澄元との越水城の戦いの後に切腹。織田信長の摂津侵攻で篠原長房は城を放棄、廃城となる。城跡には石碑のみ。

尼崎城

尼崎城(あまがさきじょう)は、兵庫県尼崎市にあった日本の城である。江戸時代初期に築城された平城。本丸跡は尼崎市立明城小学校の敷地として利用されている。

平井城(播磨国)

三木合戦の際、秀吉が本陣とした付城です。

置塩城

兵庫県姫路市夢前町宮置、糸田にある標高370mの置塩山(通称:城山)にある山城。姫路市の中心部の北10kmに位置し、北から南に夢前川が流れ、川沿いに播但街道がある要所に築城された。旧夢前町(現在は姫路市に吸収合併されて消滅)が国の史跡指定を目指した調査を実施。1996年3月28日に白旗城跡、感状山城跡と共に「赤松氏城跡」の名称で国の史跡に指定された。

豊岡城

豊岡城(とよおかじょう)は、兵庫県豊岡市にあった日本の城。別名・亀城。

有子山城

有子山城(ありこやまじょう)は、兵庫県豊岡市出石にある日本の城(山城)跡。「山名氏城跡」として国の史跡に指定されている。

三木城

播州三大城の一つで三木合戦で有名な城です。

国府山城

別名、妻鹿城、巧山城。黒田官兵衛が秀吉に姫路城を譲ったあとの居城です。官兵衛の父、職隆の隠居城でもあります。主郭から姫路城がよく見えます。

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