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三重県

福地氏城

福地氏城は、天正年間に築城されたと考えられているが定かではない。現在は芭蕉公園として整備されている。

伊勢上野城

長野氏の養子となった織田信包の命で、長野氏一族の分部光嘉に築かせた城。

松ヶ島城

織田信長の侵攻に備えて北畠具教が築く。和睦後は具教の養子となった織田信雄が5層の天守を築く。

神戸城

神戸城(かんべじょう)は、三重県鈴鹿市神戸本多町にあった日本の城である。江戸時代には神戸藩の藩庁が置かれた。

茂福城

茂福城(もちぶくじょう)は、かつて伊勢国北勢地方の朝明郡に存在した日本の城。北勢四十八家の朝倉氏の居城。

浜田城

浜田城(はまだじょう)は、伊勢国三重郡(現三重県四日市市鵜の森一丁目)にあった日本の城(平城)。

亀山城

亀山城(かめやまじょう)は、伊勢国鈴鹿郡亀山(現在の三重県亀山市本丸町)にあった日本の城。別名を粉蝶城(こちょうじょう、ふんちょうじょう)という。文永2年(1265年)に関実忠によって若山(現在の三重県亀山市若山町)に築城され、その後現在の位置に移された。江戸時代は東海道の要衝としてたびたび城主が変わり、石川氏の時代に幕末を迎えた。

田丸城

田丸城は、南北朝動乱期の延元元年(1336)、後醍醐天皇を吉野に迎えようと伊勢に下った北畠親房が、愛洲氏や度会市などの援助を得てこの玉丸山に城を築いて南朝方の拠点としたことが始まりとされる。天正3年(1575)、織田信長の次男で北畠氏を継いだ織田信雄が、玉丸城に大改造を加え、本丸・二の丸・北の丸を設け、本丸には三層の天守閣を建て田丸城の誕生となった。

津城

津城は日本の城。別名・安濃津城。日本100名城の一つ。江戸時代初期に築城の名手・藤堂高虎により近代城郭として大改修され津藩の藩庁となった。江戸期の津城は中央に内堀で囲まれた本丸と、それに付属して東丸・西丸があり、本丸・東・西丸を取り囲んで二の丸が配された輪郭式の平城であった。現在では公園として整備されており、周囲に城址が点在する。

松坂城

松坂城は、三重県松阪市殿町にあった城。日本100名城の一つ。現在は松阪城と表記される。城跡は松坂城跡として国の史跡に指定されている。松坂城の石垣は非常に強固であり、それでいて美しいと評判である。安土城と同じ蒲生氏郷の建築であり、安土城にも同様の作りの石垣が置かれている。

伊賀上野城

上野城は、三重県伊賀市上野丸之内にあった平山城である。日本100名城の一つ。白鳳城、上野城とも呼ばれる。本来の上野城天守は五層天守で、完成間近いときに暴風雨で倒壊して、以後再建されなかった。現在本の丸ある天守は、昭和10年に建てられた。高さ30mあまりもある本の丸西側の高石垣など、築城の名手高虎の意気込みが感じられる。

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